金井啓修の経歴!有馬温泉御所坊15代目に学ぶ驚きの仕掛けと秘密!?

   

おもてなしを全世界へ~。

観光庁の政策に、「観光カリスマ百選」というのがあるのはご存知でしょうか?

全国各地で観光振興のための人材を育てる。

そのために、学ぶべき先達の経歴を観光庁のHPで紹介しているんですね。

で、注目したいのが兵庫県の金井啓修さん。

老舗温泉旅館の15代目で、自身の感性を信じ、バブル崩壊後に50万人の観光客を呼び戻した、まさに「観光カリスマ!」な方です。

(TOP画像:http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/hyogo_jin/200903/0005549648.shtml)

スポンサーリンク

金井啓修さんのプロフィール!

出典:http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/charisma/mr_kanai.html

出典:http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/charisma/mr_kanai.html

1955年:兵庫県神戸市北区有馬町に、老舗旅館「御所坊」を経営している両親のもとに誕生。

高校卒業後、辻調理師専門学校に進学、卒業。

卒業後は、北海道定山渓温泉にて就業。

 

若いころの金井さんにとって、有馬の老舗旅館を継ぐ気はまったく無かったそうです。

高度経済成長期。ホテルや旅館の大型経営が進む中、木造建築で古き良きを守る祖父の考え方は、閉鎖的で古い考えに固執していると思っていたようです。

 

年寄り達を相手に、旅館の跡継ぎを務めるなんてまっぴら。

フランスで画家を目指そうと考えていたそうですが、政治的な影響で急にビザが取れなくなってしまい、フランス行きは断念。

しかし、送別会もすでに終わっており、今更有馬に帰るわけにもいかない・・・。

というわけで、つてを頼りに定山渓温泉に就職します。

 

転機は営業で行った青森県。

十和田湖で見つけた、西洋骨董風のピザ屋さん。

「田舎でしかできないことがあるんです。」

「都会から人を呼べる店にしたい!」

そう、話す主人に共感し、自分も有馬にたくさんある空き地を使い、何かできないかと思います。

 

金井さんが、地元に帰ったのは、1977年。

「御所坊」の社長に就任したのは、1981年。

26歳の若さで15代目を引き継ぎました。

 

休業した旅館を譲り受け「花小宿」「有馬玩具博物館」を開店した他、

「御所別墅」、コンドミニアム「アブリーゴ」、洋菓子店「カフェ・ド・坊」など多数を経営。

市外ではオーベルジュや、旅館等で出す食材を生産する農業法人の経営も行いました。

 

また、当時の主流だったホテルの大型化・合理化の流れにはのらず、

祖父の考えに自身の感性を加えた、昭和初期の木造建築を活かした旅館経営を目指しました。

団体客ではなく、個人客をターゲットにし、大広間をなくします。

30あった客室を20に減らし、部屋を広くゆとりある空間にしました。

アメニティを始めとした小物にもこだわり、領収書一枚入れる封筒もオリジナルのものを用意しました。

こうして明確なターゲティングで、客室数は減ったもののリピーターと客単価のアップに成功したのです。

 

さて、有馬温泉は1300年の歴史を誇る、日本最古の温泉です。

観光客数のピークは1991年で192万人

しかし、不況と阪神淡路大震災の影響を受け、1995年には102万人まで落ち込んでいました。

 

金井さんは、まちづくり全体を考えた集客の仕掛けづくりに取り組み、町全体の意識改革に大きく貢献しました。

結果、2013年の観光客数は、152万人!(神戸市HPより)

日本は未だ不景気を脱してないにもかかわらず、50万人もの観光客を呼び戻したのです。

 

金井啓修は有馬温泉に何をしたのか!?

出典:http://tour.tabitama.co.jp/hotel/shinise/kinki/goshoboh.php

出典:http://tour.tabitama.co.jp/hotel/shinise/kinki/goshoboh.php

観光庁HPにある、金井さんのカリスマ名称

「温泉観光を核にしたコミュニティビジネスでまちのブランド力向上と活性化を進めるカリスマ」

長いな~。

 

この名の通り、彼は「つながり」を意識した町全体のブランド力アップを図りました。

有馬温泉の住民の意識改革に貢献し、「有馬温泉」というブランド力を大きく上げたのです。

 

1.有馬温泉に必要なものは何か?

金井さんは、太閤秀吉ゆかりの温泉寺の参道沿いにある旅館を借り受け、有馬で一番小さな宿「ホテル花小宿」を開業しました。

ルームサービスを廃止して低価格に。

これまでの旅館は1泊2食が常識でしたが、個人客が利用しやすいように宿泊と食事の組合せを自由にできる「泊食分離」を導入。

外国のお客様にも対応できるように和室の部屋にもベッドを入れ、戦前の懐かしい和洋折衷スタイルに。

バリアフリー化などの先駆け的取り組みを積極的に行いました。

やがて、毎日満室で予約が取れないという状況になり、「ホテル花小宿」は成功モデルを有馬温泉の住民に示しました。

 

古い建物を活かす。

有馬温泉の町並みを整える。

これらが集客につながると、有馬の人々は実感し、まちづくりへの意識が変わっていったのです。

 

2.ターゲットは、日帰り温泉客

有馬温泉では2つの外湯が整備されました。

(外湯とは宿泊施設のない日帰り温泉です。)

「金の湯」「銀の湯」です。

 

「金の湯」には足湯を設置し、多くの人が楽しんでいるのを光景がお客さんをまた誘い込みます。

また、外湯にあえて飲食施設を作らないことで、周辺の飲食店にお客さんを流して町全体の活性化につながっています。

 

3.町全体を賑やかにする仕掛け

震災復興イベントとして、温泉入浴と昼食をセットにした「ランチクーポン」を企画発売しました。

当初は、対応できる施設が無い、安すぎると尻込みする声もありましたが、有馬温泉全体の1/3の旅館が参加。

売れ行きは好調で、お手軽に日帰り温泉を楽しみたい観光客がたくさん来ました。

これは定着し、有馬温泉全体における収益源に。

さらに、こうした動きは全国にも広まったそうです。

 

この他に震災復興イベントとして、金井さん達若手で企画したのが「有馬納涼川座敷」

有馬川のほとりに川床風の座敷を用意し、芸妓さんの踊りを披露するビアガーデンです。

こうしたイベントを行うことで、観光客が宿だけでなく町に繰り出し、楽しめる環境を作り上げていきました。

また、町のコミュニティとしての結束力も強くなったんでしょうね。

 

案内板には、日本語、英語、中国語、ハングルの文字。

有馬温泉にはいたるところに、「RENT FREE」の文字が書かれた貸し傘があります。

「雨でも街歩きを楽しんでほしい」と2007年に有馬温泉旅館協同組合が約1,500本の専用傘を購入し、貸し出しはじめたそうです。

町全体から、お客様をお迎えしようという意識が感じられますね。

これらも、金井さんの影響で意識改革されてきたのでしょう。

 

観光カリスマの経営哲学

最近『つながり』がキーワードでないかと思っている。

例えば有馬温泉だって我社だって、お客様とつながる事で何かの関係が生まれてリピーターやファンになってもらえるのだと思う。

インターネットで『つながり』を探していたら「つながりは心を癒し、心を緩和させて、安心感をつくる。」というのを見つけた。そして反対に分離状態は心の緊張感をつくるという事になるそうだ。

(引用:金井さんのアメブロより)

金井さんは一貫して、個性を磨いてきました。

老舗旅館を継いだ時は、時代の波に乗らず、昭和初期の古い建物を個性とし、ターゲットを絞りリピーターを獲得に成功。

自分が成功したビジネスモデルを有馬温泉という町全体で行い、コミュニティを作りブランド化に成功。

人が集まり、楽しめる町。

有馬の景観を保全しつつ、都会から来た人が楽しめる町づくりを仕掛けていくよう、新たなアイデアに取り組んでいるそうです。

同じ観光地に暮らすものとして、見習わなくては!

 - その他 , ,